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グーゼン (Coincidence)

                     グーゼン

 

                     天野啓子

 

 私の住んでいるロサンゼルス郊外は、とっても静かな町で、八十年代にはまだいちご畑があった。そのころ日本の本はだんだん読まなくなっていたけれど、石川好の「ストロベリーボーイ」が話題になったとき、すこしでも日本語を忘れないようにと思って読んだことがある。読んで六十年代のアメリカ、いちご畑という舞台に興味しんしんとなり、「カリフォルニアストーリー」なども読んで、はてはあの舞台は近所の坂の下だなと直感した。

広大ないちご畑の脇にある坂を下がっていくと、いまでも大きな樫の木が二本生い茂っている。八十年代には、そこに木造の家が二軒建っていて、鶏がかけまわっていた。その畑で、いちごの大きな箱を一度だけ売ってもらったことがある。本には太陽がさんさんと降りそそぐ大きな畑のど真ん中に家がある、というようなことが書いてあったけれど、小説を書くときは効果を出すよう、ひとひねりもふたひねりもすることがあるだろうと考え、本を読んで頭に浮かんだ畑のイメージと、毎日実際に見ていたシーンがぴったり重なり合って、この小説は言葉遣いも描写も実に現実味があってうまいなぁ、きっと、小説の畑はあの坂の下だ、まちがえないと思った。

ところが、ある日本人のお友達が、ちがうちがう、あの畑は北のモンタレーの方よと断言する。調査したわけではないけれど、どうも納得いかないので、近所で知っている唯一の日本人家族の奥さんに話したら、ご主人が石川好さんの同級生だという。あら、ぐうぜんね、と手を叩いて喜んだ。でも、その坂上さんはあの畑は坂の下のいちご畑ではないと言う。私の直感はあたらなかったと、がっかりしていたら、夕食のあと電話がかかってきてやっぱりあの坂下だと、坂上さんは教えてくれた。

ぐうぜんって楽しい。イェイ。

 そんな偶然とくらべると大した偶然じゃないけれど、日本に戻ってきて、ある日、ご近所のいたみさんと畠山記念館へ行った帰り道、品川駅前でコーヒーショップにはいったら、バーンという音が外からひびいた。

財布の口に指をつっこんだ女性は、すすすとドアのほうへ行って乗り出すように外を見ている。レジを開けた若い女性は背をのばし、他の店員の顔も客のも駅の方をうかがっている。広くて静かな郊外に長年住んでいたせいかもしれない、事故にあった人には悪いけれど、サンバが流れ始めたような、楽しい雰囲気。日本に慣れている人にはなんでもないことがすっごく不思議で面白いことがある。事故にあった人には、非常に申し訳ないけれど、この偶然にワクワクしてきた。六、七十メートルほど先にトラックが止まっていて人だかりがしている。

「わあ、やっぱり日本は、はやいわねー。もうおまわりさんがいるわ。アメリカじゃこうはいかないわよ」

私はいたみさんの赤っぽい髪にむかって言う。

「アメリカは遅いんだ」

「二十分もかかったことあるのよ。昔だけど」

「そんなに?」 

「田舎に住んでたから」

いたみさんはコーヒー茶碗を二つのせたトレイを両手で持ちあげた。お店の中をぐるっと見回して、パティオの真ん中のテーブルに陣取る。

「だけどすごいわねー、いたみさん」

「なにが」

「みんな見てる」

「アメリカじゃ見ないの?」

「こんなすごくないわよ」

「日本は人口が多いからでしょ」

「それだけじゃないわね」

「じゃなに?」

「平和だからかな」

「アメリカじゃ事故がしょっちゅうあるの?」

「・・・・・アメリカっていっても広いし」

と私は言ってうーむと苦しんだような顔になって、

「日本人は、何か、がとっても強いのよ」

と言った。

「何か、ってなに?」

「その質問は簡単そうでとってもむずかしい質問よ。それにぽんと答えられたらたいしたもんだけれど」

群集心理とひとくちで決め付けることはできない何か、なんだろう。いたみさんの質問に、できるだけ答えたいと思って、スプーンをコーヒーに落として、いったりきたり動かして考える。三十五年もアメリカに住んでいたのに、いまだにこういう質問に自信をもって答えられない。

いぜんも日本に戻ってすこし働いた時、日本人のシステムエンジニアが二人で客まわりをするから、これからはひとりで行って下さいって頼んだら、眉の間にしわをよせてまた二人で出かけた。あのときは、不思議でね、とっても考えさせられたと話した。

「アメリカじゃひとりで行くの?」

「そりゃ状況にもよるけれど。ソフトウェアの問題で批判とか謝罪とかでがんじがらめになってるんじゃないかしら」

「私はコンピューターのことはしんないし―」

といたみさんは、遠州イントネーションで言う。

「日本って電気工事でもなんでも多めに人が行ったり来たりすると思うわ」

「そう見える?」

「だけど不思議だわ。わざとやってるんじゃないってわかってるけれど」

このまえ入ったおそば屋さんでも、不思議なことがあった。入ったらからっぽで、左側のほうに座ったら、お客さんが入ってきて私のすぐ横にすわった。そしたら、次に入ってきた人も混んできた同じ側にすわる。なんで空いているほうにすわらないのだろう。

「いたみさんは、どう思う?」

「日本は右側通行だから」

「なにそれ、心臓が左にあるからっていうのみたい」

結局、自然と混んでいるほうに集まるという結論にたどりついた。おいしいところは人が来る、人が来るともっと人が集まってきて混む。そういうことだと思う。  

だけれど、そのおいしいお店の中の混み具合についてはどうなんだろう。お店に入ったら空いているところの方がゆっくり食事が楽しめて良いと思うのだけれど。

やっぱりわからない。

「実は私もね、」

といたみさんは声を落として言って、私は上半身を乗り出す。

「コーヒーの南蛮館にはいるとき、人がいないところまで行って座るのよ」

「そう?いたみさんも?」

彼女はうなずく。

「ふーん、日本人でもいろいろね。一概にはいえないわね」

「そういろいろ」

「私もはじめからそうだったのかもしれない」

と言ってコーヒーを飲みほした。

「今度、歴史の勉強になるところにいきたいわ。いたみさんに教えてもらえるし」

「金沢文庫なんかどう?」

「いいわね」

「称名寺行ったことある?」

「遠足ぐらいでしか行ったことないけれど」

「あそこは有名なお寺だから」

「お寺大好き」

「昔は源氏物語があったんですって」

「わあ、すばらしい」

「お寺の入り口にね、」

「うんうん、」

「おいしいおそば屋さんがあって、」

「うわぁ、行きたーい」

 

てなわけで、十一月二十日の日曜日、ふたりで京浜急行に乗って金沢文庫にやってきた。緑のペンキで塗られている線にそって、家並みを眺めながら坂を上って行く。空は晴れて海からの風が気持ちよい。

「縁側のある家がないわね。残念ねー」

と私がいたみさんに言う。

「職人がね、」

「いなくなっちゃったのね。昔のほうが良かったのに、さびしいわねー」

とさびしい、残念を連発して道が左に曲がるところにくるとおまわりさんが一人立っている。

「あら、向こうにも、おまわりさんがいるわよ。治安がいいわねー。交番もそこら中にあるし」

「かどっこにパトカーがいるからなんかあったんでしょ」

「あらまあ、いたみさん目がいいのね。ぜーんぜん気がつかなかった」

と喋っていると、帽子かむった女の人が自転車で通り過ぎて行って、おまわりさんのところで止まった。私たちも十歩ほどでそこに追いついた。

「天皇、皇后両陛下がおみえになるんです」

とおまわりさんが話している。

「まあ、ぐーぜんね、いたみさん」

私たちは顔を見合わせる。

「称名寺かしら、ぐうぜんね」

「私たちは見るだけだから問題ないでしょ」

十字路に来て左に曲がろうとすると二十代の男の警官が手を両方に拡げて通せんぼをした。

「称名寺にいくだけなんですけれど」

と私がその警官に言う。いたみさんは少し離れたところで見ている。

「二時半に天皇、皇后両陛下が見えるので入れません」

「今日を楽しみにして、電車に乗って来たんですけれど」

「通行禁止になります」

「じゃなる前に出ます。二時までに必ず出ますから」

「じゃどうぞ」

と警官が手をおろして言う。

「いたみさんいきましょ」

私たちはお寺へむけてすたこらさっさと歩いていった。少し行くと腕章をした四十代くらいの二人の男の人が、道の真ん中で肩を並べて股を開いて立っている。

「ここから先は通行止めです」

とスポーツ刈りの人が言う。

「入ってもいいと警察官の人にいわれましたけれど」

と私が言う。腕章のふたりは宙を見ている。私はいたみさんに近寄って囁いた。

「どうなってるのかしら。派遣会社の人かしら、一時間半もあるのに、どうする?」

彼女は黙って立っている。

「警官じゃないでしょ?いたみさん」

「警官でしょ」

「あの警官いっていいっていったわよね?」 

「あっちとこっちで話が違うのおかしいわね。こちらは派遣会社かな」

といたみさんは言う。

「ややこしいわね」

「お寺だめなら、おそばにしましょ」

としゃべりながら、お寺の入り口にあるおそば屋さんにいくと、中で客は畳に座って食べていて、庭では十人ほどが縁台に座っている。立って待っていると、ガラス越しに、白いエプロンをした女の人が腕を垂直と水平にしたのをあわせて体の横で十の字を作ってこちらを見ている。

「だめだって」

といたみさんが私に言う。

「まあ、さんざんね」

「ぐうぜんって重なるって言うけど」

「しかたない。海のほうにでも散歩がてら行きましょ」

とふたりで、ぶつぶつと言いながら、今来た道をもどっていって海のほうにずーっと歩いて行った。食べ物屋さんは一軒もない。広い公園に着いて、自動販売機で缶コーヒーを買って海を眺めながら一休みすることになった。

「ここ、がらんどうって感じね。ロサンゼルスのどっかみたい」

「ロサンゼルスって、こんななんだ」

「風の向きに流れるような松はもうないのね。残念ね―」

「風光明媚なところはね、埋め立で」

「もったいなーい。昔は良かったのに、残念ね」

いたみさんは深くうなづく。

「さびしいわね」

「本当に」

「さびしー」

「これからどうする?」

「八景まで歩く?」

「遠いいし」

「お腹もすいたしね」

少し歩くと広々とした休憩所があって、カウンターの向こうに女の人が立っていて、三、四個のおむすびとやきそばだけが置いてある。

「なんにもないのね。日本なのに」

「しょうがない、缶のお茶買ってここで食べましょ」

と言って海を見ながら、昆布のおむすびと焼きそばを分け合って食べる。まわりにはテーブルと椅子のセットが十ほどあって、数人しかいない。

「みんな皇室のお見送りのほうに行っちゃったのね。こう人がいないと、またさびしいもんね」

と私がいたみさんに言う。

いたみさんの頬にえくぼができた。

「すみません。多いって言ったり少ないって言ったり。わがままで反省してます」

「人間て贅沢なもんで、そーんなもんよ、人間て」

「フフフ。いたみさんは、さばけてるわね。きっと苦労してるからね」

お茶をのんで、私たちは海をじーっとながめて同じような話をして、

「あまのさん、他に見るところもないし駅にもどりましょ」

それで、またもとの道をテクテクともどり、また人がひしめき合った角まで来た。

「旗持った人がまたいるわ。両陛下の到着が遅れたのかしら」

と私が言う。

「こんどは、四時のお見送りでしょ」

「なるほど。帰ったあと参観できないかしら」

「四時じゃ、閉まっちゃうでしょ」

「そうね」

「今度にしましょ」

といたみさんは言って赤信号の方を見ている。自動車が流れて行って、進む道の右側の歩道は、旗を持った人たちでごった返している。左はちりひとつない、交通規制もされていない、歩いたらさぞかし気持ちいいだろうと思われる細い歩道がずーっと続いている。そちら側はゼロ人。

「いたみさん、そっち混んでるから、あっちにわたりましょう」

答えはなし。赤い信号が緑に変った。

いたみさんは、混雑している右側のほうへ、前のめりになって、一度も私のほうを振り返らず、ずんずん突き進んで行く。どうしてわざわざ混んでる方に行くのだろう。ゆったりと歩けたほうがいいのに。

「いたみさーーーん」